時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

●日本橋から天王洲、海老取川、羽田までのクルーズ

日本橋東南橋詰船着き場か隅田川へ出て永代橋、レインボーブリッジを潜り、京浜運河へ入り天王洲アイルへ。

レインボーブリッジ

リサイズ30レインボーブリッジとフジテレビ

東海道貨物線を潜ります。JRが羽田空港へ乗り入れる話がありますが、この貨物線を使う予定のようです。

リサイズ30東海道貨物線P1060915


天王洲アイル 

リサイズ30天王寺アイルP1060917

リサイズ30天王洲アイルp1060916

八潮橋

リサイズ30八潮橋P1060920

右手に モノレール大井競馬場駅

リサイズ30モノレール整備場駅P1060936

左手に  なぎさの森公園

リサイズ30なぎさの森公園P1060924

さらに進むと 環七大和橋。ここを潜ります

リサイズ30環七大和橋P1060925

橋を潜ると 大井市場花卉棟が左手に見えます

リサイズ30大井市場花卉棟P1060928

左手には消防署があり、訓練中

リサイズ30消防P1060929

正面に空港の施設の一部が見えてきます

リサイズ30羽田空港P1060931

右へ向きを変え、海老取川に入ります。船の通行の時使った開閉橋が、今は、この下にトンネルを掘り、使われなくなりそのまま開いた形で残っています。

リサイズ30海老川に残る旧開閉橋P1060935

今まで右手にモノレールが走っていましたが、ここからは左手を走っています。

モノレール整備場駅が左に見えてます

リサイズ30モノレール整備場駅P1060936

嘗ては、ネオンサインが取り付けられていた架台の残骸が右手に

リサイズ30ネオンの基台P1060938

さらに進むと、左手に、穴守稲荷があったところ。神社は、鳥居だけを残し場所を移しました。

平和と書かれた扁額を飾る鳥居

リサイズ30平和の鳥居P1060939

海老取川の河口、多摩川との合流地点に浮洲がありますが、いまは陸続き。水難死された人たちがここに打ち上げられたところで慰霊堂が建っています。

浮州

リサイズ30海老川と多摩川の合流点の浅瀬P1060944

多摩川に出ますと左手に空港の様子が眺められます。

モノレール

リサイズ30モノレールP1060940


リサイズ30空港駅近くのモノレールP1060941


多摩川にある羽田空港船着き場

リサイズ30羽田空港船着き場P1060942

使用する時は、予約をして、ここを使います。

海老取川を少し戻ったところに天空橋の船着き場があり、京急、モノレール線を使えます。

このクルーズでは、ここを使いました。

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●涅槃図と寝釈迦・涅槃会

釈尊入滅の陰暦2月15日に、遺徳奉賛と追慕のために修する法会を涅槃会といいます。

その時寺院に飾られるのが、涅槃図です。

それは、大体次のようなものですが、いろいろ変化したものが沢山あります。

IMG_20170211_0001.jpg

それでは、涅槃とは?
 
「広辞苑」から

梵語:ニルバーナ→吹き消すこと。消滅の意

①煩悩を断じて絶対的な静寂に達した状態。仏教における理想の境地

②仏陀または聖者の死。入寂。入滅

涅槃会とは?

「広辞苑」から

釈尊入滅の陰暦2月(今は3月)15日、釈尊の遺徳奉賛追慕のために修する法会。涅槃図を掲げ遺教経を読誦する
如月(きさらぎ)の別れ。涅槃講。常楽会(じょうらくえ)季語・春

涅槃図とは?

●図の中央、沙羅双樹の宝座に、北を枕(北枕)にし、右脇を下(顔を西向き)にして横臥する釈迦を取囲ん
で、菩薩(観音など)・天部(帝釈天など)弟子(羅漢)、大臣などのほか、鳥、象虎豹等の獣、トンボなどの虫、
蛇等の爬虫類までが泣き悲しんでおり、樹上には飛雲に乗って、臨終にはせ参じようと切利天に生れ変わって
いた仏母、摩耶夫人(まやぶにん・釈迦出産が7日後に亡くなっている)の一行が描かれているものもある。
多くは、猫が描かれていない。

●大きさを競うようになり、京都・泉涌寺のものは縦16m横8m。東福寺のものは、縦12m。図1の重要
文化財の長谷川等伯筆(1539-1610)京都・本法寺のものは、縦10m横6m。これを鑑賞するために吹抜けの
2階から、その上、その下を見られるように飾られています。

●臨終に間に合わなかった弟子の大迦葉、彼が到着すると釈迦は、お棺の中から足を出して触らせたという故
事から足許に描くものなど色々な描き方がされている。

涅槃像(寝釈迦)とは?

 「広辞苑」から

釈尊入滅の姿を絵画や彫刻としてつくったもの。

寝釈迦仏を実際に拝観したものは、次の三つです。

茶湯寺・伊勢原市大山参道 ・屋内にある

南蔵院・福岡県粕屋郡篠葉/ ・外にある
 ・住職が買ったシャンボ宝くじ1等当選を機縁により平成7年に
  (ミャンマーの仏教会からいただいた仏舎利を内臓)

満徳寺・千葉県館山市 ・外にある
 ・発願から22年の歳月を経て昭和57年に建立されたもの
 ・青銅製のガンダーラ様式の像としては世界最大
 ・参拝方法が独特大迦葉の故事からかで足裏に額を当てる

寝釈迦仏の写真、うっかり全部消滅させてしまい残念です。



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●897メートルの木の橋は世界最長。大井川に架かる蓬莱橋

リサイズ30 2016・12・08 草原の向うに蓬莱橋P1060825

テレビドラマや映画でよく見かける橋。

これが蓬莱橋です。

箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川。と言われていますが、その大井川に架かる木造の橋です。

リサイズ30 2016・12・08 蓬莱橋左下から見上げるP1060829

リサイズ30 2016・12・08 蓬莱橋親柱P1060823


蓬莱橋の歴史です。

リサイズ30 2016・12・08 蓬莱橋の歴史P1060833

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●江東区区民まつりに披露された、深川木場の角乗り

「広辞苑」に、
<①木場とは、材木を貯えておく場所。
②材木商の多く集まっている地域をいい、特に、江戸深川の木場は、元禄(1688~1704)年間、幕府の許可を得て材木市場を開いたのに始まり、材木問屋の多いことで有名。1974~76年(昭和49~51)大部分が南東方の埋立地の新木場に移転。>と要領よく書かれております。

リサイズ30演技決まるP1060728


その木場で働いて居る人を「川波」とよびその人たちが、日常、鳶口を使って筏を組んだりしていました。今に伝わる「木場の角乗」はその中から生まれました。

 「角乗」の歴史は古く,江戸時代の初期に遡る。元来筏師の余技から発し,多年改良工夫を重ねて,昭和27年に都の無形民俗文化財の指定を受けている。
 水に浮かぶ材木を鳶口一つで乗りこなして筏に組む作業の余技であるが,数々の技術を加えて水上の曲技として発達した。角材を使うことから高度の技術は必要…

と、関係者が書いています。

以前は、門前仲町黒船橋畔で、「海の日」に実演されていて、昭和30年代に見に行った記憶があります。現在は、江東区民まつりに木場公園の広場中央にそのために設けられている角乗池で行われています。

場所はここです

リサイズ30 木場公園マップ・江東区民まつり


懐かしく、見学に行きました。


<角乗になくてはならぬものは「おはやし」である。「葛西ばやし」と称せられる,笛1人,鉦1人,大太鼓1人,小太鼓2人の5人一組で編成される。鉦は「ヨスケ」と称され,他の四人の演奏を助けるもので一番難しい。
神田ばやし,砂町ばやしと称せられているものもすべて同じである。「角乗」は,乗り手,口上師(川並が演じる),おはやしが三位一体になってこそ初めてその真価が発揮されるのである。>


囃子

リサイズ30囃子演奏P1060678

地乗り

 <角乗りの技には大きく分けて十二種類前後もあるが,最初におこなわれるのは基本型ともいえる「地乗り」である。タメ竿といわれる竹竿をもって素足で角材に乗り,竿で調子をとりながら角材を回転させる。それが終ると角材の七分三分のところで逆立ちをする。>

リサイズ30青竹を使って地乗りP1060685

口上・尾張名古屋の金の鯱

リサイズ30地乗り・逆立ちP1060686

かわせみ

< 「かわせみ」は,子供を肩車して角材を回す。子供を肩に乗せているところが鳥の「かわせみ」に似ているため,この名がついたといわれる。演技のころあいをみて肩の子供はわざと水中に落ちる。そしてかねてふところに忍ばせておいたひよっとこの面を水中でかぶって出てくる。このところは花かご乗りと同じ。角材に引き上げられた子供は,ここで馬鹿踊りをやる。近年は,子供がいなく本来のものはおこなわれない。形だけのものになっている。>

リサイズ30肩車でP1060693

相乗り
 
<二人一組で一本の角材に乗り,それが正面に向かって左右二組でおこなう。どちらか上手な人がリードするようになるが,二人の意気がぴったり合わないと角材がうまく回転しない。それが終ると二組の四人がそろって逆立ちをするが,初めと終りがそろわなければいけない。>

リサイズ30二人で地乗りP1060699

リサイズ30二人で逆立P1060696

駒下駄乗り

< 「駒下駄(こまげた)乗り」は読んで字の如く駒下駄をはいて角材に乗る。
 下駄の歯がうまく角材にかからないと回転しない。「駒下駄乗り」がうまくこなせると「高下駄乗り」に移る。高下駄乗りは下駄の歯が高いだけにそれだけ難かしくなる。>

リサイズ30駒下駄で足元P1060702

リサイズ30角材の角を高下駄でP1060709

扇を開く

リサイズ30扇子を開いてP1060707

カラカサ乗り
 
<「カラカサ乗り」は,タメ竿のかわりに番笠を持って角材に乗る。真ん中に出たところでカサをパッと開く。そしてカサをさしながら角材を回転させる。タメ竿を持っていないため安定が悪く,ちょっとした風でも影響される。>

リサイズ30唐傘P1060710

このあと風を切って傘を開くときにバランスを崩して…


梯子乗り
 
<「梯子乗り」は角乗りの中でも呼びものの一つである。地上でおこなわれるトビ職の「梯子乗り」は,四方八方からトビ口で安定させるが,角乗りのそれは冂字形の土台が角材と梯子をつなぎ,わずかにタメ竿が土台の横から水面に浮かんでいる程度に過ぎない。これを安定させるのは,角材の両端に乗っている助演者が手している二本のタメ竿である。演技は三人が交互に行い,「つま八艘(はっそう)」「遠み」「八艘」「背亀(せがめ)」「腹亀」「腕だめ(腕だめし)」「吹き流し」「一文字」とすすみ,「膝とめ」「くもの巣がらみ」で終わる。>

リサイズ30梯子を組むP1060714
リサイズ30演技決まるP1060728
リサイズ30演技P1060727
リサイズ30演技決まんるP1060730

花かご乗り

< 「花かご乗り」は,花で飾ったかごに人(昔は子供)を乗せ,かごを担ぎながら角材を回す。二人の間はかごでつながっており,相乗りとは違った意気が必要だ。本来ならころあいをみて,かごに乗っている子供がわざと水中に落ち,水中でお面をかぶって出てくる。からのかごは,先方と後方が反対になり「もどりかご」としゃれこむ。>

リサイズ30駕篭の子供P1060738

リサイズ30駕篭の前棒に肩を入れるP1060739

絵入り・リサイズ30駕篭を舁きながら角材を舞わすP1060743

三宝乗り

< 「三宝乗り」は読んで字のごとく角材の上に三宝を乗せ,その上に乗る。三方は不正形に積み重ねてあり,しかも足駄をはいて乗る。タメ竿を持って立ったり,片足をあげて右手に扇子をひらく「義経八艘とび」,扇子をたてに口にくわえて,タメ竿を三宝の穴にさして逆立ちする「鶴の餌ひろい」,そして終りに,「獅子の子落とし」といって,足駄をぬぎ三宝をけとばして角材の上に飛び下りる。>

リサイズ30三宝乗り・三宝を重ねるP1060744

リサイズ30三宝の上で扇を持ち遠見P1060750
2016・11・9 三宝乗り


多くは、

「川並」考

第六章 角乗りと木遣
元(株)カクマル役員
酒井利勝


氏の文章をそのまま引用しています。写真と文章とが合致しているかどうかは、引用者の責任です。

一見の価値ある行事です。

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●小菅御殿の跡地にある東京拘置所。葛飾区小菅の町の歴史

10月1日、東京拘置所で、第5回東京拘置所矯正展が開かれました。刑務作業製品展示ブースをメインに震災復興支援ブース、物品販売、飲食品ブース、展示広報・体験・販売ブースなど大変な規模で実施されるということで足が向き出掛けました。
当日のチラシ

リサイズ30

リサイズ30 2

どのくらい大規模なものか、このチラシを大きくして見れば分かります。

ここは拘置所ですから、ここの「刑務作業製品」は出ておらず、各刑務所の製品が出ていて、格安ということで大変な売れ行きでした。


ここ、この広大な土地は、もともと何があったところでしょうか?

この辺りを歩いてみると色々のことが分かりました。

順に。まずこれ。

葛飾区小菅 旧小菅御殿石灯篭です。

リサイズ30 P1060649

リサイズ30 P1060648 (2)

この地は、関東郡代の伊奈家下屋敷であったことが分かります。

伊奈氏とは、徳川家康の関東入府の際に伊奈忠次を関東の代官頭に任じたことに始まり、その後12代200年間に渡って伊奈氏が関東代官の地位を世襲していたようです。

1692年(元禄5年)飛騨高山藩領地が天領となった際には6代忠篤が飛騨郡代も一時的に兼務していました。高山陣屋跡として現在残っているものは、この忠篤の屋敷だったところです。

参考までに、関東代官となった伊奈氏は、伊奈忠治から始まり次の通りです。

1. 伊奈忠次(1590年 - 1610年)(関東代官頭)
2. 伊奈忠政(1610年 - 1618年)(関東代官頭)
3. 伊奈忠治(1618年 - 1653年)
4. 伊奈忠克(1653年 - 1665年)
5. 伊奈忠常(1666年 - 1680年)
6. 伊奈忠篤(1680年 - 1697年)(飛騨郡代兼務)
7. 伊奈忠順(1697年 - 1712年)
8. 伊奈忠逵(1712年 - 1750年)(勘定吟味役兼務)
9. 伊奈忠辰(1750年 - 1754年)
10. 伊奈忠宥(1754年 - 1769年)(勘定奉行兼務)
11. 伊奈忠敬(1769年 - 1778年)
12. 伊奈忠尊(1778年 - 1792年) ※お家騒動でこれをもってお役御免になりました。


続いて、ここは、「小菅県庁」となったことが分かります。

余り耳慣れない話しですが、幕末から明治へ移るときに、「小菅県」と「品川県」が作られました。その小菅県の県庁がおかれたところです。

短い文章ですが、この地の変遷が分かります。

拘置所の周辺を丹念に歩きますと下に紹介するような、「情報スポット」と云ってもよいものに出会います。

リサイズ30 P1060657

●東京拘置所と煉瓦工場

リサイズ30 P1060658 (2)

・煉瓦工場の写真

リサイズ30 左小菅監獄と右煉瓦工場・綾瀬川側にあったことが分かるP1060659

左が小菅監獄で右側が煉瓦工場です。


このほか、目についた「情報スポット」を順に紹介します。内容が重複しているところがありますが、そのためより深く理解が進みます。

●小菅御殿と江戸町会所の籾蔵

リサイズ30 P1060651 (2)

●小菅稲荷神社と「小菅御殿の狐穴」

リサイズ30 P1060653 (2)

小菅稲荷神社

リサイズ30 P1060655


リサイズ30 P1060656 (3)

●一茶と小菅

リサイズ30 P1060646 (2)

●八幡社とタブの木の大樹について

リサイズ30 P1060643 (2)

再建された八幡社

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●水戸橋跡地

リサイズ30 P1060669 (2)

文中に出てくる「正覚寺」は、「小菅県立寺子屋」が置かれたところです。

残された橋台の石組と水戸橋

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少し上流に新しい水戸橋が架かっています。

リサイズ30 新しい水戸橋P1060674

それがこの写真。これを渡れば、旧水戸街道へ。

また、先に紹介した水戸橋跡地、橋台の辺りから千十方向を眺めた旧水戸街道の様子は、下の写真。

リサイズ30 水戸橋から千住方向P1060673


●小菅銭座跡

リサイズ30 P1060663 (2)

西小菅小学校の敷地の一部にぜにざながやがありました。

リサイズ30 P1060662

この学校の近くに、橋がありましたが今は埋め立てられています。その橋の親柱が残っていて、「ぜんざはし」 「銭座橋」とかかれています。これから、当時は、ぜんざはしと呼ばれていたことが分かります。

リサイズ30 P1060660

リサイズ30 P1060661

西小菅小学校の近くにある駄菓子屋さんです。

リサイズ30 駄菓子屋 P1060666


最後に。

こういう看板も見かけました。

リサイズ30 P1060650


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