時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

●流山本町江戸回廊 ローカル線の町

東京メトロ千代田線の綾瀬駅から常磐線に乗りれてすく、松戸の一つ先、馬橋(まばし)が旅の入口です。都内への通勤圏とも言えるこの地ですが、何と言おうと、まぎれもないないローカル線であり、その名に恥じぬ豊かな町です。
馬橋駅から流山迄20分とはかからない鉄道。それが流鉄流山線です。

JRからすぐ乗り換えられますが、ここでは、スイカもPASMOも使えません。硬券を切符売場か自動切符販売機で買います。

流鉄流山線馬橋駅P1060946(1)


勿論単線でこんな車両。かつて西武鉄道で走っていたものです。

流山南高校家庭科部装飾電車(1)

流星号と名付けられた車両ですが、この期間は「流山南高校家庭科部装飾電車」。

ホームはこんな感じ。線路が沢山見えるのは、常磐線の線路です。

馬橋駅P1060948(1)

平和台駅を下車して、本町、終点流山駅へ向かいます。

駅前。いろいろな道がここで交差していることが窺われます。

平和台駅前のスクランブル交差点、イトウヨーカ堂P1060955(1)

平和台駅前P1060954(1)

白みりんの里とあります。上方から下ってくるみりんは、ひと月もかかって江戸に届きますが、発酵して色がつきます。当時みりんは、酒の一種として飲み物でしたが、ここ流山産のみりんは、数日で江戸届き出来立て。大変喜ばれ、人気になりました。流山が栄えた元。

流山という地名の由来

赤城神社と赤城山解説P1060974(1)

赤城神社の鳥居

赤城神社鳥居P1060977(1)

赤城神社解説P1060975(1)

赤城神社の大しめ縄P1060972(1)

大しめ縄行事解説P1060973(1)



いよいよ赤城神社へ

赤城神社参道P1060962(1)

赤城神社奉納幕P1060966(1)

赤城神社御本殿解説P1060964(1)

境内社に、松尾神社 酒の神様です

境内にある松尾神社P1060968(1)

同じく、波切不動尊

波切不動尊P1060970(1)

流山への登山口

赤城山への登山道P1060958(1)

山容

赤城山山・通称流山P1060957(1)

赤城神社の鳥居に並んで、別当寺の光明院があります。

光明院P1060981(1)
光明院解説P1060982(1)

当時、天晴みりんと万上みりんが味を競っていて、その天晴みりん誕生の地。説明…

天晴みりん誕生の地碑P1060983(1)

小林一茶は、この天晴みりんの秋元家にしばしば寄寓したことで知られています。

小林一茶寄寓の地解説P1060985(1)

双樹と号していたことからこの場所へ移築して「一茶双樹記念館」として開放サテています。

双樹亭

双樹記念館の内部案内版P1060996(1)


右へ行くと一茶双樹記念館の庭へ。途中一茶句碑があります。「夕月や…」の句碑です。

組合せ 一茶双樹記念館にある句碑・夕月や流残りのきりぎりすP1060986(1)

枯山水の庭

石囲いの井戸P1060995(1)
枯山水の庭P1060989(1)

床の間に「天晴」と書かれた軸が掛かっています。明治31年小松宮彰仁親王が立寄られたとき揮毫されたもの。この文字が標章として後に使われました。

奥の間に天晴の軸P1060990(1)

天晴は一時、三菱商事預かりとなり生産されていませんでしたが、最近、系列社から出ていた「三楽みりん」を、2015年1月より、「天晴」として発売されています。

万上みりんは、キッコーマン社の中に入り、流山キッコーマン(株)となり、ここで生産されています。
この工場の外壁が「街角ギャラリー」として往時の流山の様子を入見せてくれています。

街角ギャラリーP1060999(1)
街角ギャラリーP1060998(1)
組合せ 万上みりん敷地図P1070002(1)


この通り(万上通り)に青面金剛塚があります。庚申塚ですね。

青面金剛塚P1070005(1)
庚申講信仰資料の解説P1070006(1)

この先を左に折れると近藤勇はがれ山本陣跡に出ます。

北海道へ逃れるとき、足立区の五兵衛新田からここへ来た時の宿陣です。五兵衛新田は、東京メトロの「綾瀬駅」付近です。

今度勇陣屋跡P1070008(1)

りさいず50 近藤勇陣屋跡P1070007

その先に、焔魔堂があり、ここに金子市之亟の墓があります。

歌舞伎では、直侍と三千歳として知られる三千歳ですが、実際は、遊女で金子市之亟馴染の人物。

焔魔堂・金子市之亟と三千歳の墓があるP1070010(1)

電池切れでその墓と隣にある三千歳のものという石があります。

電池切れ前に撮ったのが「流山本町江戸回廊」として家の前に飾られている看板燈篭。今のその家の商売とその前の商売が書かれています。もちろん同じならばそのまま書かれています。これを頼りに散策をすれば町並みの様子が知れようというもの。

旧商売屋」示すを行灯P1070009(1)

髪結い処(かみゆいどころ)の草花さんですね。

この町には見どころとなる建物が三つ。食事処としては、「丁子屋」があります。ここは、旧い建物を残して内装が新しくなっています。こんな古い町とは思えないようなもてなしがあります。

ここから5分ほどで流山駅です。

古い車両が置かれています。

ローカル線の旅でした。

最後に、この旅は、ボランティアガイドさんに案内してもらいました。

ボランティアガイドP1060956(1)

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●日本橋から天王洲、海老取川、羽田までのクルーズ

日本橋東南橋詰船着き場か隅田川へ出て永代橋、レインボーブリッジを潜り、京浜運河へ入り天王洲アイルへ。

レインボーブリッジ

リサイズ30レインボーブリッジとフジテレビ

東海道貨物線を潜ります。JRが羽田空港へ乗り入れる話がありますが、この貨物線を使う予定のようです。

リサイズ30東海道貨物線P1060915


天王洲アイル 

リサイズ30天王寺アイルP1060917

リサイズ30天王洲アイルp1060916

八潮橋

リサイズ30八潮橋P1060920

右手に モノレール大井競馬場駅

リサイズ30モノレール整備場駅P1060936

左手に  なぎさの森公園

リサイズ30なぎさの森公園P1060924

さらに進むと 環七大和橋。ここを潜ります

リサイズ30環七大和橋P1060925

橋を潜ると 大井市場花卉棟が左手に見えます

リサイズ30大井市場花卉棟P1060928

左手には消防署があり、訓練中

リサイズ30消防P1060929

正面に空港の施設の一部が見えてきます

リサイズ30羽田空港P1060931

右へ向きを変え、海老取川に入ります。船の通行の時使った開閉橋が、今は、この下にトンネルを掘り、使われなくなりそのまま開いた形で残っています。

リサイズ30海老川に残る旧開閉橋P1060935

今まで右手にモノレールが走っていましたが、ここからは左手を走っています。

モノレール整備場駅が左に見えてます

リサイズ30モノレール整備場駅P1060936

嘗ては、ネオンサインが取り付けられていた架台の残骸が右手に

リサイズ30ネオンの基台P1060938

さらに進むと、左手に、穴守稲荷があったところ。神社は、鳥居だけを残し場所を移しました。

平和と書かれた扁額を飾る鳥居

リサイズ30平和の鳥居P1060939

海老取川の河口、多摩川との合流地点に浮洲がありますが、いまは陸続き。水難死された人たちがここに打ち上げられたところで慰霊堂が建っています。

浮州

リサイズ30海老川と多摩川の合流点の浅瀬P1060944

多摩川に出ますと左手に空港の様子が眺められます。

モノレール

リサイズ30モノレールP1060940


リサイズ30空港駅近くのモノレールP1060941


多摩川にある羽田空港船着き場

リサイズ30羽田空港船着き場P1060942

使用する時は、予約をして、ここを使います。

海老取川を少し戻ったところに天空橋の船着き場があり、京急、モノレール線を使えます。

このクルーズでは、ここを使いました。

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●涅槃図と寝釈迦・涅槃会

釈尊入滅の陰暦2月15日に、遺徳奉賛と追慕のために修する法会を涅槃会といいます。

その時寺院に飾られるのが、涅槃図です。

それは、大体次のようなものですが、いろいろ変化したものが沢山あります。

IMG_20170211_0001.jpg

それでは、涅槃とは?
 
「広辞苑」から

梵語:ニルバーナ→吹き消すこと。消滅の意

①煩悩を断じて絶対的な静寂に達した状態。仏教における理想の境地

②仏陀または聖者の死。入寂。入滅

涅槃会とは?

「広辞苑」から

釈尊入滅の陰暦2月(今は3月)15日、釈尊の遺徳奉賛追慕のために修する法会。涅槃図を掲げ遺教経を読誦する
如月(きさらぎ)の別れ。涅槃講。常楽会(じょうらくえ)季語・春

涅槃図とは?

●図の中央、沙羅双樹の宝座に、北を枕(北枕)にし、右脇を下(顔を西向き)にして横臥する釈迦を取囲ん
で、菩薩(観音など)・天部(帝釈天など)弟子(羅漢)、大臣などのほか、鳥、象虎豹等の獣、トンボなどの虫、
蛇等の爬虫類までが泣き悲しんでおり、樹上には飛雲に乗って、臨終にはせ参じようと切利天に生れ変わって
いた仏母、摩耶夫人(まやぶにん・釈迦出産が7日後に亡くなっている)の一行が描かれているものもある。
多くは、猫が描かれていない。

●大きさを競うようになり、京都・泉涌寺のものは縦16m横8m。東福寺のものは、縦12m。図1の重要
文化財の長谷川等伯筆(1539-1610)京都・本法寺のものは、縦10m横6m。これを鑑賞するために吹抜けの
2階から、その上、その下を見られるように飾られています。

●臨終に間に合わなかった弟子の大迦葉、彼が到着すると釈迦は、お棺の中から足を出して触らせたという故
事から足許に描くものなど色々な描き方がされている。

涅槃像(寝釈迦)とは?

 「広辞苑」から

釈尊入滅の姿を絵画や彫刻としてつくったもの。

寝釈迦仏を実際に拝観したものは、次の三つです。

茶湯寺・伊勢原市大山参道 ・屋内にある

南蔵院・福岡県粕屋郡篠葉/ ・外にある
 ・住職が買ったシャンボ宝くじ1等当選を機縁により平成7年に
  (ミャンマーの仏教会からいただいた仏舎利を内臓)

満徳寺・千葉県館山市 ・外にある
 ・発願から22年の歳月を経て昭和57年に建立されたもの
 ・青銅製のガンダーラ様式の像としては世界最大
 ・参拝方法が独特大迦葉の故事からかで足裏に額を当てる

寝釈迦仏の写真、うっかり全部消滅させてしまい残念です。



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●897メートルの木の橋は世界最長。大井川に架かる蓬莱橋

リサイズ30 2016・12・08 草原の向うに蓬莱橋P1060825

テレビドラマや映画でよく見かける橋。

これが蓬莱橋です。

箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川。と言われていますが、その大井川に架かる木造の橋です。

リサイズ30 2016・12・08 蓬莱橋左下から見上げるP1060829

リサイズ30 2016・12・08 蓬莱橋親柱P1060823


蓬莱橋の歴史です。

リサイズ30 2016・12・08 蓬莱橋の歴史P1060833

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●江東区区民まつりに披露された、深川木場の角乗り

「広辞苑」に、
<①木場とは、材木を貯えておく場所。
②材木商の多く集まっている地域をいい、特に、江戸深川の木場は、元禄(1688~1704)年間、幕府の許可を得て材木市場を開いたのに始まり、材木問屋の多いことで有名。1974~76年(昭和49~51)大部分が南東方の埋立地の新木場に移転。>と要領よく書かれております。

リサイズ30演技決まるP1060728


その木場で働いて居る人を「川波」とよびその人たちが、日常、鳶口を使って筏を組んだりしていました。今に伝わる「木場の角乗」はその中から生まれました。

 「角乗」の歴史は古く,江戸時代の初期に遡る。元来筏師の余技から発し,多年改良工夫を重ねて,昭和27年に都の無形民俗文化財の指定を受けている。
 水に浮かぶ材木を鳶口一つで乗りこなして筏に組む作業の余技であるが,数々の技術を加えて水上の曲技として発達した。角材を使うことから高度の技術は必要…

と、関係者が書いています。

以前は、門前仲町黒船橋畔で、「海の日」に実演されていて、昭和30年代に見に行った記憶があります。現在は、江東区民まつりに木場公園の広場中央にそのために設けられている角乗池で行われています。

場所はここです

リサイズ30 木場公園マップ・江東区民まつり


懐かしく、見学に行きました。


<角乗になくてはならぬものは「おはやし」である。「葛西ばやし」と称せられる,笛1人,鉦1人,大太鼓1人,小太鼓2人の5人一組で編成される。鉦は「ヨスケ」と称され,他の四人の演奏を助けるもので一番難しい。
神田ばやし,砂町ばやしと称せられているものもすべて同じである。「角乗」は,乗り手,口上師(川並が演じる),おはやしが三位一体になってこそ初めてその真価が発揮されるのである。>


囃子

リサイズ30囃子演奏P1060678

地乗り

 <角乗りの技には大きく分けて十二種類前後もあるが,最初におこなわれるのは基本型ともいえる「地乗り」である。タメ竿といわれる竹竿をもって素足で角材に乗り,竿で調子をとりながら角材を回転させる。それが終ると角材の七分三分のところで逆立ちをする。>

リサイズ30青竹を使って地乗りP1060685

口上・尾張名古屋の金の鯱

リサイズ30地乗り・逆立ちP1060686

かわせみ

< 「かわせみ」は,子供を肩車して角材を回す。子供を肩に乗せているところが鳥の「かわせみ」に似ているため,この名がついたといわれる。演技のころあいをみて肩の子供はわざと水中に落ちる。そしてかねてふところに忍ばせておいたひよっとこの面を水中でかぶって出てくる。このところは花かご乗りと同じ。角材に引き上げられた子供は,ここで馬鹿踊りをやる。近年は,子供がいなく本来のものはおこなわれない。形だけのものになっている。>

リサイズ30肩車でP1060693

相乗り
 
<二人一組で一本の角材に乗り,それが正面に向かって左右二組でおこなう。どちらか上手な人がリードするようになるが,二人の意気がぴったり合わないと角材がうまく回転しない。それが終ると二組の四人がそろって逆立ちをするが,初めと終りがそろわなければいけない。>

リサイズ30二人で地乗りP1060699

リサイズ30二人で逆立P1060696

駒下駄乗り

< 「駒下駄(こまげた)乗り」は読んで字の如く駒下駄をはいて角材に乗る。
 下駄の歯がうまく角材にかからないと回転しない。「駒下駄乗り」がうまくこなせると「高下駄乗り」に移る。高下駄乗りは下駄の歯が高いだけにそれだけ難かしくなる。>

リサイズ30駒下駄で足元P1060702

リサイズ30角材の角を高下駄でP1060709

扇を開く

リサイズ30扇子を開いてP1060707

カラカサ乗り
 
<「カラカサ乗り」は,タメ竿のかわりに番笠を持って角材に乗る。真ん中に出たところでカサをパッと開く。そしてカサをさしながら角材を回転させる。タメ竿を持っていないため安定が悪く,ちょっとした風でも影響される。>

リサイズ30唐傘P1060710

このあと風を切って傘を開くときにバランスを崩して…


梯子乗り
 
<「梯子乗り」は角乗りの中でも呼びものの一つである。地上でおこなわれるトビ職の「梯子乗り」は,四方八方からトビ口で安定させるが,角乗りのそれは冂字形の土台が角材と梯子をつなぎ,わずかにタメ竿が土台の横から水面に浮かんでいる程度に過ぎない。これを安定させるのは,角材の両端に乗っている助演者が手している二本のタメ竿である。演技は三人が交互に行い,「つま八艘(はっそう)」「遠み」「八艘」「背亀(せがめ)」「腹亀」「腕だめ(腕だめし)」「吹き流し」「一文字」とすすみ,「膝とめ」「くもの巣がらみ」で終わる。>

リサイズ30梯子を組むP1060714
リサイズ30演技決まるP1060728
リサイズ30演技P1060727
リサイズ30演技決まんるP1060730

花かご乗り

< 「花かご乗り」は,花で飾ったかごに人(昔は子供)を乗せ,かごを担ぎながら角材を回す。二人の間はかごでつながっており,相乗りとは違った意気が必要だ。本来ならころあいをみて,かごに乗っている子供がわざと水中に落ち,水中でお面をかぶって出てくる。からのかごは,先方と後方が反対になり「もどりかご」としゃれこむ。>

リサイズ30駕篭の子供P1060738

リサイズ30駕篭の前棒に肩を入れるP1060739

絵入り・リサイズ30駕篭を舁きながら角材を舞わすP1060743

三宝乗り

< 「三宝乗り」は読んで字のごとく角材の上に三宝を乗せ,その上に乗る。三方は不正形に積み重ねてあり,しかも足駄をはいて乗る。タメ竿を持って立ったり,片足をあげて右手に扇子をひらく「義経八艘とび」,扇子をたてに口にくわえて,タメ竿を三宝の穴にさして逆立ちする「鶴の餌ひろい」,そして終りに,「獅子の子落とし」といって,足駄をぬぎ三宝をけとばして角材の上に飛び下りる。>

リサイズ30三宝乗り・三宝を重ねるP1060744

リサイズ30三宝の上で扇を持ち遠見P1060750
2016・11・9 三宝乗り


多くは、

「川並」考

第六章 角乗りと木遣
元(株)カクマル役員
酒井利勝


氏の文章をそのまま引用しています。写真と文章とが合致しているかどうかは、引用者の責任です。

一見の価値ある行事です。

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