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時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●著名人の墓所あれこれ

対象の人物や状況は、厳密ではなく、こんな人?、
墓所とは言わないよ
などと云われそうですが、次の順番で紹介します。

こうもり安・切られ与三郎
紅皿
ホームラン地蔵
京都市にある平将門
和泉式部
本阿弥家
伊藤博文
間宮林蔵
安田善次郎と安田 靫彦
尾形乾山
安倍晴明
真田信重と小松姫
仙石秀久
柄井川柳
島崎藤村
渥美清
奥平家(中津藩主)
伊東牛歩
服部半蔵
佐伯孝夫
赤い靴の女の子

●こうもり安と切られ与三郎


歌舞伎の「世は情け浮名の横櫛」の登場人物です。架空の人々ですが…
モデルがいたようです。舞台となった木更津にあります。

こうもりの安

こうもりの安墓碑・撰択寺

●切られ与三郎

与三郎の墓案内

お富・与三郎のいわれが書かれています。

与三郎の墓・光明寺

木更津の光明寺に行けば会えます。



●紅皿

太田道灌が急の雨で雨具を借りようと立ち寄ったところ、その家の娘がヤマブキの花を差し出して古歌の「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき」と、「実の」を「蓑(みの)」とかけてところ道灌がその意を察せられなかったことを悔いて歌の道に精進たという故事がありますが、その娘が紅皿でのちに城に上がりお互いに歌の道に励んだという。
この詳細は、このブログに書いております。

新宿区新宿p1000120西向天神紅皿の墓案内

P1000121紅皿の墓

詳しくは、左端の「検索」枠へ「紅皿欠皿」といれると、見られます。



●ホームラン地蔵・岩崎和夫君

海徳寺・王選手と少年、ホームラン地蔵P1060136

若き日の王貞治氏と難病で入院中の少年との物語。
多くの記事がwebで検索できます。
この少年は、岩崎和夫君。南品川の海徳寺で会えます。



●京都市にある平将門、神田明神


自ら天皇を名乗り乱を起こした将門ですから、京都では、大悪人として扱われていました。
その京都に、神田神宮があると思う人は少ないのですが、実は、古くからありました。

IMG_20160513_0001 (2)

見難い写真ですが、「史跡 神田神宮」とあり、「天慶年間 平将門ノ首ヲ晒シタル所也」と書かれています。

下総の国で敗死した将門の首は、京都へ運ばれここで晒し首にされたところです。

所在地は、下京区四条新町西入下ル 膏薬図子(こうやくずし)呼ばれるところ。このように民家の壁際にへばりつくように見えるのが、神田神宮で何度も何度も素通りをしても見つからない、といわれるところです。

IMG_20160513_0001 (3)

京都には、あるとは誰も思っていない将門塚。観光案内図にも、交番の案内用に備えられているのが新聞紙大の地図帳で必要なところの頁を開いて見るようになっている相当細かい地図帳ですがこにも載っていません。が、所在地の呼び名が◎京都市下京区綾小路西洞院東入新釜座町 神田明神 と変更されていますが、これを言えば、場所はわかります。交番の警官も将門塚は知らないようで、そういう案内を求められることもないようです。

現在の神田神宮がこれ。民家の中に移されていて、保存会の幟が立っているので良い目印になっています。

下京区綾小路西洞院東入新釜座町・神田明神・将門塚P1020243


将門塚P1020244

神田明神将門・碑の表と裏P1020253


晒し首になった将門の首がある夜、光を放ちながら東方へ飛び去ったといいます。

美濃の国一宮南宮神社では首が関東に戻って再び乱を起こされては大変と祈願したところ、祀られていた隼人神が矢を放ち、東に飛びゆく首を射落とし、霊を慰めるために「御首神社(いまの東大垣市)」を創建しといいます。

東京大手町にある「将門の首塚」は、京都四条から飛んできた将門の首を祀っています。

晒し首のあったところということで、のちのちの祟りを恐れて、土地の人たちが密かに霊を慰めるために神田神宮を祀っていたのかもしれません。

現在は、保存会がこのように活躍しています。だんだん知られていくことでしょう。



●和泉式部


新京極誠心院にあるのが和泉式部墓所。

和泉式部墓所・新京極誠心院P1020095

和泉式部墓所解説P1020095

ここに、能「誓願寺」の舞台の誓願寺があります。夕方の様子。時間によっては、この景には出会えない。

誓願寺P1020091



●本阿弥家菩提所


刀剣鑑定の家系。本阿弥光悦が特に有名。京都市上京区小川通寺之本法寺前町にある本法寺。

本阿弥家菩提寺・本法寺・上京区P1020150

ここの、涅槃寺図は、一見の価値があります。

butunehan.jpg




●伊藤博文


品川区西大井・大勲位伊藤博文公墓所P1020298

品川区西大井の自宅内に大勲位伊藤博文公の墓所があります。




●尾形乾山

江戸時代中期の陶工・画家で京都の人。

尾形乾山菩提所P1020121

菩提所は、京都市上京区妙顕寺塔頭・泉妙院です。




●安倍晴明

陰陽師として知られる安倍晴明 。
晴明神社。

上京区晴明町・晴明神社鳥居P1020222



● 真田信繁と小松姫

鴻巣市・勝願寺に真田家ゆかりの人物が葬られている。

小松姫は、真田幸村の兄、信之の室。

 真田小松姫の墓P1040695


信之の三男の信重とその室。 

 真田重信・室の墓P1040696

NHKの大河ドラマ「真田丸」で大泉洋が演じているのが、真田信之です。小松姫は、吉田羊が演じています。




●仙石秀久


豊臣秀吉の最古参の家臣のひとり。鴻巣市勝願寺。

仙石秀久の墓P1040697



●初代柄井川柳


柄井川柳墓所・蔵前の龍宝寺

台東区蔵前の龍宝寺にあります。

台東区蔵前龍宝寺・柄井川柳の墓案内P1050751



●島崎藤村


島崎藤村の墓のある地福寺山門P93


墓のある大磯、地福寺の山門。




●渥美清


寅さん・田所康雄の墓

本名、田所康雄といいます。余り騒がれたくないようですので、所在地は、伏せておきます。



●中津藩主・奥平家


南品川清光院・奥平家墓域P1060130

品川区南品川の清光院。その一角に。




●伊東牛歩

村山古郷の「大正俳壇史」に取り上げられている俳人。
そこにも記述されていますが、正岡子規「病床六尺」の巻末近くに(ということは、子規の最晩年)、「南岳草花画巻」を届けた孫生、快生と登場する。孫生は、姓を鈴木。快生は、姓を伊東。この伊東牛歩のこと。

この「大正俳壇史」には、綾瀬(足立区・武蔵国北足立郡)の正王寺の住職となっていますが、誤りで正しくは、葛飾区堀切(下総国葛飾郡南綾瀬村)正王寺の住職で本名は、伊東快順。ユニークな人物として知られています。

PICT0001.jpg




●服部半蔵


服部半蔵は、皇居の門の名前「半蔵門」でも知られる「忍び」。新宿わかばにある西念寺に…

服部半蔵の墓の解説P1060365

服部半蔵の墓P1060366



●佐伯孝夫

昭和の歌謡曲といえば、吉田正と組んで沢山のヒット曲を生んだのがこの人、佐伯孝夫でしょう。

佐伯孝夫碑表

鈴懸の道は、立教大学の構内の景を歌ったものですからただしくは、この地ではありませんが、代表曲として取り上げられたものでしょう。
この地とは?

佐伯孝夫碑裏面

この碑の裏側。九品寺に眠っていますが、公開されておりません。九品寺は、葛飾区堀切6丁目にあります。

一休さん

一休さんは、松島トモ子が歌ったきょくがあります。その縁で、ここに遺族によって奉納されたものでしょう。
この町内に、「和泉・佐伯孝夫」と表札を掲げて住んでいました。
近付いてみましょう。それがこれ。

一休さん13回忌




●赤い靴の女の子


麻布十番きみちゃんの像

麻布十番にある「赤い靴の女の子・きみちゃん」の像です。

野口雨情の童謡「赤い靴の女の子」は、横浜にあり、知れ渡っていますが、この女の子には、モデルがいてそれがこれ。
鳥居坂協会の孤児院で九歳で亡くなっているとか。

この像はパティオ十番という小公園がありそこに建てられています。

詳しくは、左端にある「検索」枠に「麻布十番」と入れてみてください。

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