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時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●釈迦牟尼誕生の瞬間

今、東京国立博物館では「東大寺大仏―天平の至宝』展が開かれていて、そこには「誕生釈迦立像」が展覧されています。右手を上げて左手を下げたあのお姿である。
釈迦は、母である摩耶夫人(マヤブニン)からうまれ、その生まれる時に、姿勢を保つために、木の枝をつかみ、幸い安産だったといいます。その故に、その木を無憂樹(むゆうじゅ)というのだ、と、云うことは聞いていましたが、この状況では立ったままの出産?、もう少し詳しく知りたいと、同博物館を見て回りました。

その前に、母である「摩耶夫人(マヤブニン)、「摩耶」のことを、『広辞苑』には
〈(梵語MaYa)釈迦牟尼の母。中インド拘利(こうり)城主の善覚の妹(一説には娘)。迦毘羅衛(かびらえ)の淨飯王(じょうぼんのう〉〉の妃となり、悉達多(しったるた)太子を生み7日目に死去した。マーヤー。摩迦摩耶(まかまや)〉。摩耶夫人(まかぶにん)〉とあります。

固有名詞の表記は、それぞれその資料ごとに使われている表記にしています。

先ず、構内の法隆寺宝物館でひとつを発見しました。

り・800摩耶夫人および天人像 (2)

摩耶夫人(まやぶにん)及び天人像として展示されているものがこれです。立ったままの出産ですね。肝心の右脇下ですが、袖口から頭が出ていますが、見えますか。

次のように説明されています。

ルンビニー苑にて摩耶夫人が無憂樹の花枝を折ろうとするや釈迦が腋下から誕生したとの仏伝中の一場面を造形化したもので,この種の立体的な群像としては希有の作例。面貌や骨太い体躯には飛鳥の古様がうかがえ,衣文の表現も独特のうねりと鋭さが認められる。なお本一具は,承暦2年(1078)に橘寺から法隆寺に移された小金銅仏群のひとつである可能性が高い。

次は、本館5室の特集陳列「仏像の道―インドから日本へ」にありました。まず…

り・800托胎霊夢

展示物につけられている説明を写してきました。

仏伝・托胎霊夢 クシャーン朝2~3世紀 パキスタン・ガンダーラガンダーラでは、仏ボサツ像の制作とならんでブッダの生涯をつづった仏伝説を表すことが盛行した。この図は母のマーヤーがブツダを身ごもる夢を見る場面で、中央にマーヤーが横たわり、象の姿をしたブッタが母の胎内に入ろうとしている



次の写真を見てください。誕生の瞬間ですが分かりますか。

り・800仏誕灌水

次のように説明されています。

仏伝・仏誕・灌水 クシャーン朝2~3世紀 パキスタン・ガンダーラ小型のストゥーパを飾るパネルで、下段に仏伝を表す。向かって右は誕生の場面で右手を上げてマーヤーの右脇腹からシッダルータ太子(後のブッタ)が生まれ出ている。左の区画は灌水の場面で、獣脚の上にのった裸形の太子に水が注がれる
ストゥーパは塔のことです。

釈迦誕生の瞬間、以上です。

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