時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●関東郡代、伊奈氏あれこれ 下屋敷跡が東京拘置所

川口市赤山にある赤山城は、関東郡代伊奈氏の城で赤山陣屋とも言われています。

赤山城(あかやまじょう)は、埼玉県川口市にあった城。赤山陣屋とも表記される。埼玉県指定文化財(旧跡)。

江戸時代初期の1629年(寛永6年)に関東郡代伊奈忠治が赤山領の拠点として築城した。現在は堀跡などが残り、一部が公園として整備されている。本丸と出丸の間には東京外環自動車道が建設されている。以上、これは、ウイキペディアから。

その場所が次の写真

リサイズ40赤山陣屋と周辺図P1070227 (2)

「城址の南端あたりには川口パーキングエリアが建設されている」と記述されていますから位置はおおよそ分るでしょう。

「浮間わいわいねっと(川口散策)」から

伊奈氏は、家康関東入国と共に鴻巣・小室領1万石を給され。熊蔵忠次以後十二代にわたって関東郡代職にあり、関八州の幕領を管轄し、貢税、水利、新田開発等にあたった。三代忠治の時に、赤山領として幕府から7千石を賜り、寛永6年(1629)に小室(現北足立郡伊奈町)から赤山の地に陣屋を移した。これが赤山城で、以来十代163年間伊奈氏が居城したものである。

続いて「同ネット」から

忠次の死後、幕府内での伊奈氏の地位を不動にしたのは、三代忠治である。当初八百石の勘定方として出発した忠治は、寛永19年(1642)には関東郡代に任ぜられ、忠次からの事業を引継おしすすめていった。江戸幕府初期の支配体制・財政基盤確立に果たした忠次・忠治の功績は非常に大きい。
4代忠克以降にも、新田開発・治水事業にとどまらず、災害時の救民活動や江戸深川の市街地化など、伊奈氏の業績は数多い。
しかし、十一代忠敬の後継者として、幕府は板倉周防守勝澄(備前国松山)の十一男忠尊(ただたか)を忠敬の養子として迎え、娘美喜の婿として伊奈家十二代を継がせます。十二代は天明の大飢饉 江戸打ちこわしの収拾などに力を発揮して町人には感謝された。ところが十一代忠敬に実子忠善が誕生。忠敬死去後、伊奈家の主人公として実権を振るいたかった忠尊と忠善。それに伊奈家の権威を阻む幕府。家督相続は「毒殺」や「出奔」に至り、忠尊は営々蟄居。知行没収。忠善は幽閉の身となります。やがて幕府の手によって赤山の陣屋も取り壊され関東郡代伊奈家はここに終止符を打たれます。寛永6年から163年間続いた関東郡代伊奈家。養子の問題はじめとする家内の不始末や、忠尊自身の不行跡を理由に関東郡代を罷免され、伊奈家は改易となった。直参の旗本としては存続し新地1千石で幕末まで続いた。


飛騨高山に高山陣屋が残っていますが、これは、6代忠篤が元禄5年(1692)飛騨高山郡代を兼務したときにつくられたものです。これは、高山陣屋へ行けばその歴史が確かめられます。

伊奈氏の江戸上屋は、「同ネット」によれば

伊奈氏の江戸屋敷は当初江戸城常磐御門内にあったが、明暦3年(1657)の大火で類焼し、馬喰町に移った。屋敷内には郡代役所があり、伊奈氏改易まで馬喰町郡代屋敷として機能した。 かつての江戸屋敷の位置は、現在の総武線浅草橋の近くにあたる。


さて、同ネットで触れておりませんが、下屋敷はどこにあったか?

それは…

この石灯篭

りさいず30 小菅御殿石灯籠P1060649

リサイズ30 解説

書き下ろし ↓

旧小菅御殿石灯籠
所在地  葛飾区小菅一丁目35番地
登録年月 平成元年(1989)3月20日
葛飾区教育委員会

 現在の東京拘置所一帯は、江戸時代前期に幕府直轄地を支配する関東郡代・伊奈忠治の下屋敷が置かれ、将軍鷹狩りや鹿狩りの際の休憩所である御膳所となりました。その後、元文元年(1736)7月、伊奈氏屋敷内に小菅御殿(千住御殿)が建てられました。
 寛政4年(1792)小菅御殿は伊奈忠尊の失脚とともに廃止され、跡地は幕府所有地の小菅御囲地となりました。御囲地の一部は、江戸町会所の籾蔵や銭座となり、明治時代に入ると、小菅県庁・小菅煉瓦製造所・小菅監獄が置かれました。
 旧小菅御殿石燈篭は、全高210cmの御影石製で、円柱の上方に縦角形の火袋と日月形をぐりぬき、四角形の笠をおき宝珠を頂いています。もとは刻銘があったと思われますが、削られていて由緒は明確ではありません。旧御殿内にあったとされるこの石燈寵は、昭和59年(1984)に手水鉢・庭石とともに現在地に移されました。

荒川土手に面した東京拘置所の門内にあります。

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