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時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●安田善次郎追慕から誕生した旧安田別荘の秘密?

安田財閥をまとめ上げた安田善次郎(1838年生まれ)は、1921年10月、右翼の暴漢に襲われて刺殺されましたがその場所は大磯にある、今、旧安田別荘と云われている場所です。安田不動産が管理していて一般に開放されていませんが、縁あって、中を見せてもらいました。その様子は、下記で紹介しています。↓をクリックで見られます。

http://asbu4575.jimdo.com/あっちへもこっちへも-一歩-二歩-散歩/月-ここから-1/

その中から、もう少し詳しい情報をここに!
秘密と云うほどではありませんが…。

1921年は大正10年で、2年後の関東大震災で、この別荘は崩壊してしまいます。昭和5年(1930)夫人ふさ子が逝去し、その隣地に昭和6年(1931)に、二代目善次郎(長男善之助)が先考(注、亡父)追慕から持仏堂、経蔵、平唐門、御夫妻墓等を日本画家安田靫彦画伯に設計監督を委嘱し清水組が施行し現在に至っています。。

では、中に入ってみましょう。

入口は、平唐門です。

り650平唐門P41

唐門なのに唐破風が見えません。次の写真を見れば分かります。こういう造りの門を平唐門と云うのだと納得。

り650唐破風部分P44  唐破風   り650平唐門アップP74  思い切り近づいてみました

美しい門です。奈良法隆寺聖霊院厨子を模したもので、門の屋根側面の唐破風描線を平唐門というそうです。

り65013重塔の雨だれ痕P57 十三重塔の雨だれでできた窪み  り65013重塔P59  十三重の塔 

この塔は、重要美術品の石造十三重塔です。嘉元3年(1305)5月25日勧進上人是性の刻銘があります。鎌倉時代後期の作で700年を越える年月によってできた窪みということになりますね。

り650経蔵遠望P70
校倉造の経蔵です。正倉院の校倉造を模したもので唐招提寺宝蔵によく似ています。扉は外開き。建坪6坪とか。

り650持仏堂の前の灯籠P67 
持仏堂前の灯籠 持仏堂は、平安藤原時代期の建築様式の景観を復元したもの  
り650灯籠火袋P64 灯籠の火袋の彫刻です。飛天の楽人で、楽器を抱えています
 
り650灯籠火袋P65 飛天の楽人で、口で吹くような楽器? 

位置修正り650善次郎翁P72  初代善次郎翁の大理石像、トルコ帽を被り日光下駄を履く

り650角の丸い日光下駄を履く善次郎翁P71 足元の下駄を!日光下駄は台の角が丸く、竹皮を編んだものを張ってある下駄

り650御夫妻墓P60 御夫妻の墓   り650安田靫彦の墓 大雲時にある安田靫彦の墓 

善次郎ご夫妻の墓は、翁終焉の場所(ここで息を引き取った)に建てられています。墓の形は、平安藤原時代期の五輪塔を模したもの。靫彦画伯のお墓は同じ大磯の大雲寺に在りますが、形を比べられるように並べたみました。

歴史画で知られる安田靫彦描く日本の歴史の中の世界で、いま、静かな環境に包まれて眠っている。

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