時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●東村山市の国宝・正福寺千体地蔵堂は、禅宗様建築の都内最古の建物

ゆるり散策、私鉄沿線「花と寺社」めぐり という私鉄9社の共同企画のスタンプラリーが行われています。5月27日から8月31日までです。
その中の一つ、西武線沿線、東村山市野口4-61-1 正福寺千体地蔵堂があります。

室町時代の応永14年(1407)建立、都内で唯一の国宝建造物・地蔵堂のある名刹です。この地蔵堂は、鎌倉円覚寺舎利殿とともに禅宗建築を代表する建物で、特徴的な強い反りの屋根や白木の丸柱、花頭窓(かとうまど)などが禅宗建築のの特色。華麗な色彩や彫刻もなく板壁で、弓欄間、三手先出組など繊細な意匠です。

これがそのパンフレットに書かれている正福寺の紹介文です。001_20110813133027.jpg
添えられていた写真がこれです。写真に写っている石灯籠は、もともとここにあったものではなく、芝増上寺にあった大名から寄進された石灯籠をここへ移したものです。絵になりますね。プリンスホテルは、芝増上寺の敷地の上に立っていますが、このときそこにあった石灯籠が500数十基。その中の一基がいまここで余生を送っていると云う訳です。そのようなことで、西武沿線のお寺にはこのような石灯籠が置かれていますね。

正福寺です。→り650正福寺P1010564

地蔵堂の内部は、8月8日に公開されます、とありましたので、でかけました。禅宗様(唐様)を訪ねて!

近寄ってみましょう。二階建てのように見えますが、本当の屋根とその下に、裳階(もこし)という廂のようなものがついている形で一階建てです。写真の中に分かる範囲で文字を入れました。間違いがあれば御容赦。

文字入・り650外観裳階・桟唐戸・花頭窓P1010544

花頭窓は提灯に隠れてよく見えませんが、上部の曲線が特徴です。左右同じ位置に、同じものがあります。


裳階(もこし)の内側の組み方と屋根の組み方が違いますね。扇垂木といい禅宗様の組み方です。柱は、円柱です。これも禅宗様ですが、
下から覗くようにして、見あげますと、上に跳ね上げてある蔀戸がありますがこれは和様→ り650桟唐戸と蔀戸・立涌欄間P1010562


次は扁額と立涌欄間の美しさを。欄間の中央は宝珠です。禅宗様です。

り650地蔵堂扁額と立涌欄間・立涌と宝珠P1010546

それでは、中へ入ってみましょう。


まず、土間です。
柱は円柱。版築(はんちく)で固めた土間に石を置き、木製の礎盤で調整する 文字入・り650円柱は唐様・ P1010558

文字入・り650鏡天井P1010560

地蔵堂内部です。本尊の地蔵尊の頭の上の四角に囲まれた天井、鏡天井云います。文字を入れましたが、色の設定が悪く読み難くなったしまいました。来迎柱、円柱です。天井の虹梁(こうりょう)、虹梁やその中央辺りにある大瓶束(たいへいづか)に飾りの彫刻がありません。みんな禅宗様です。

り650地蔵と左右に千体地蔵P1010550

本尊は木造延命地蔵菩薩立像です。文化8年(1811)江戸神田須田町町屋市兵衛の弟子、善兵衛の作とか。
左右の棚に置かれているのが、無数に置かれていた、奉納された地蔵で、千体地蔵と呼ばれる元になったお地蔵さんです。

初めの一体をお寺から預かり、
満願成就のとき、お寺に納めたもののようで、数年前までは、このような棚ではなく、長押など、堂内いたるところに、おかれていたそうな。

地蔵の足元をみると、その名残が!このように置かれていたのでしょう →文字入・り650地蔵の脚元P1010553 り650足元の掌包姿の千体地蔵の一つP1010554
丸で囲んだ部分をすこそ大きくします。袖の中へ手を入れているお姿・掌包・合掌。施無畏印。錫杖のお姿がみられます。それぞれの願意によって納める物の形が違ったものでしょう。金箔が施されたものもありました。


これも禅宗様のひとつです。→ り650逆蓮葉ギボシ・唐様P1010561 ぎぼしです。


り650山門奥に地蔵堂P1010536 順序が逆ですが山門です。山門の奥に、千体地蔵堂が見えますね。この山門、後で建て替えらていますので、柱は角柱であり、和の勝った建物になっています。この両者を比べるのもいいかもしれませんね。 


最初に紹介したパンフレットの中にあった、弓欄間、三手先出組、などは、写真には写っているのかもしれませんが、どれを指すのか分かりませんでした。


※「弓欄間」は、「立涌欄間」のことでした。「波型欄間」ともいわれているようです。どれもその形を思わせるものですね。2011・8・17追記まで

※「三手先出組」は、ここに、赤枠内に示すもの。三手先以上に、この写真には重なって写っています。
2012・11・7追記
り650・三手先出組P1010548




ところで
円覚寺の舎利殿の内部も、以上紹介してきたようになっているのでしょうか。

誤りがありましたらご容赦ください。

東村山は、鎌倉時代の鎌倉道があります。正福寺と鎌倉道を訪ねましたが、興味ありましたら、クリックしてください。正福寺のことも別の角度から紹介しています。

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