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時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●二宗兼宗の當麻寺の象徴は、中将姫伝説。山のあなたの浄土信仰

當麻寺は、奈良県の外れ葛城市当麻、大阪に近い所にあります。ここだけ行くのなら京都から奈良に入るよりも、大阪からの方が近い。
用明天皇の皇子、麻呂子親王が推古天皇20年(612)に河内の国に建てたのがはじまりで、萬法蔵院禅林寺。その後、天武天皇9年(681)に現在地に移り、「當麻寺」と称し現在に至ります。「当」ではなく、旧字の「當」の字をつかっているようです。
野見宿禰(のみのすくね)と相撲を取ったのは、当地出身の「たぎまのけはや」。漢字で書くと「當麻蹴速」と書かれています。以前、この地、當岐麻と呼ばれていたようでその名で呼ばれています。「蹴速」と足蹴りが得意技だったとろからの称でしょう。「當麻寺」も古くは「當岐麻寺」だったのでしょう。

この寺は、当初、奈良仏教、奈良六宗の一つ、三論宗でしたが、真言宗に改宗、のちに浄土宗との二宗兼宗の寺院となり、現在に至っています。


1200年前奈良の都に5歳の年、実母に死に別れ新しい母親から継子いじめに、幾度となく殺されようとしますがその都度身代わり得て救われます。これが後に中将姫と呼ばれる少女で、典型的な継子いじめ伝説です。
そのあと、継子いじめとは別の伝説が流布されるようになります。
少女は、身代わりになられた方の菩提を弔う事が自分の一生の務めと、仏に仕える毎日を過ごしておりましたが、16歳のとき尼となり入山。以後、13年念仏三昧の修行をなされ、二上山に沈む夕日に阿弥陀如来の姿を見て現世の浄土を求め、極楽浄土の様子を伝える曼荼羅を発願。阿弥陀如来と観音菩薩の助けを借りて蓮の茎から取った糸で一夜にして曼荼羅を織り上げました。これが現在、「當麻曼荼羅」と呼ばれ、當麻寺の御本尊になっている曼荼羅です。

この中将姫の伝説、発端の継子いじめの話は、忘れられていつか一夜にて織り上げられたという當麻曼荼羅が中心となっていきます。浄土宗と二宗兼宗となったのはこの頃からのことでしょう。

現在、當麻寺=中将姫という事で知られる寺院となっています。現在の諸堂の配置図を見てみましょう。

當麻寺配置図P1020466 (594x640)

奈良時代、薬師寺式の伽藍配置でいえば、金堂、講堂は北を背にして配置されるはずです。南門跡は確認されていないようですが、配置からいえば、そのことを窺わせます。當麻寺へ一歩足を入れて現在の金堂などの配置をみて違和感を持つ人が多いはずです。

曼荼羅堂が西に配置されているのは、二上山に沈む夕日に西方極楽浄土を思い描いていた中将姫の願いそのまま。二上山へ続く道に曼荼羅堂を置く、東からの参道をもつ、現在の様子にそのことが強く感じられます。
當麻寺の現在の形は、曼荼羅堂が置かれたことによって、決まったものといえるでしょう。

御本尊の當麻曼荼羅をお祀しているのが曼荼羅堂でここの勤行を、真言宗、浄土宗の塔頭寺院が一年交代で勤めます。その他の諸堂は、それぞれの真言宗の塔頭寺院で勤行が行われます。こうして二宗兼宗と云う珍しい形で現在に至っています。なお、今年(平成24年)は、浄土宗・護念院。

現在、曼荼羅堂の厨子に架けられている曼荼羅は、文亀2年(1502)、室町時代に2回目に転写された文亀曼荼羅と呼ばれているものと、3回目の転写「貞享曼荼羅」のいずれか。

リサイズ後・当麻曼荼羅P1020476 (574x640) (574x640)

曼荼羅と云えば空海のそれを思い出しますが、空海が大日如来を中心にして作り上げた両界曼荼羅ではなく、別種の「阿弥陀浄土変相図」とよばれるもの。インドの「韋提希夫人(いだいけぶにん)」子に幽閉された王を救おうとする「王舎城の悲劇」の説話が描かれていて、そのときに釈尊に説法を請うた時に釈尊が説いた「観無量寿経」の教え、日想観など十三の観法を描き、九品往生図が描れてるそうです。

見方は、矢印のようにすすんで  →リサイズ後・当麻曼荼羅P1020476 (574x640) (574x640)
真下から中央へ、極楽世界の描かれているところへ目を移します。極楽浄土は、九つに区別されていて、行いによって行かれる所に違いがあるようで、行こうとすると最下位の下品下生でさえなかなか大変のようです。


空海の示した両界曼荼羅とは、 リサイズ後金剛界曼荼羅 リサイズ後金剛界曼荼羅 (1) この二つです。

このような阿弥陀浄土変相図といわれるものは、當麻曼荼羅のほかに、奈良・元興寺の「智光曼荼羅」、奈良・超昇寺(明治になってから廃寺)の「青海曼荼羅」があり、これを「浄土三曼荼羅と呼ばれています。

當麻曼荼羅は、中将姫が蓮から取った糸で織り上げた曼荼羅を根本曼荼羅といい、現存。3回転写され、建保5年(1217)に1回目の転写が行われこれを「建保曼荼羅」。これは現存しない。2回目が前述の「文亀曼荼羅」。3回目は貞享2年(1685)の「貞享曼荼羅」でこれらは織物ではなく、絵画だといいいます。

縦横約四メートルと云う大きさですから阿弥陀如来、観音菩薩の助けを借りたとはいえ、蓮の茎から紡いだ糸を五色に染めて一夜にして織り上げたという事は事実としては、無理でしょう。中将姫伝説として、このようなことが語り継がれることの背景を慮り、理解し、尊重することが受け取り方として望ましいのではないでしょうか。

過日、「奈良まほろば館」において當麻の里の観光キャンペンの一つとしてとして、護念院(浄土宗)、中之坊(真言宗)の二院が行っている行事について講話がありました。

護念院の葛本雅崇住職から「中将姫と練供養」について話があり、練供養の模擬実演がありました。

練供養は、中将姫の現身往生を再現する行事で、聖衆来迎練供養会式といい、極楽堂(曼荼羅堂)から出た観音菩薩と生菩薩はじめとした25菩薩が、娑婆堂にいる中将姫の所へ来迎し、極楽堂へ極楽堂へ誘うという形で行われます。25菩薩来迎図と云うものがありますがこの光景を彷彿させます。 25菩薩来迎図 これが25菩薩来迎図の一例です。護念院には、練供養で使われる面や衣裳の保管管理をしているとのこと。面と住職は → 練供養に使われる面p1020480 (640x467) P1020464 (640x474)

娑婆堂へ向かう、観音菩薩のうごき。右側の写真で、赤丸で囲んであるところ、持っているのが蓮台で、これを持って掬うようにして歩を進めます。模擬実演では、蓮台を待たずに白い手袋をしています。

菩薩・練習とP1020483 (640x463)

前が観音菩薩で、後が勢至菩薩です。

観音菩薩と勢至菩薩

中将姫を掬いあげるところでしょうか? 手前が勢至菩薩で向かいが観音菩薩です。

てのアップP1020495 (640x480)

この後、極楽堂(曼荼羅堂)へ向かいますが、その様子は、このようなものでしょう。

001 (640x438)

5月14日、夕方4時から行われる会式ですが、この時間になると、夕日が堂の背面の二上山に夕日がかかります。荘厳な落日を目にした人々は、山の向こうに現世ではない、別の世界があるという「山越え異界」という共通認識があったのでしょう。

それであれば、伊勢湾に上がった太陽が奈良三輪山を通り、夕方、二上山に沈み茅渟(地ぬ)の海に没します。このような大自然を背景としたこの会式は、人々の心を捉えて離さないと思います。
なお、「往生要集」で知られる源信が當麻曼荼羅に深く帰依、この会式を創始したと伝えられています。

ところで蓮ですが、どのような蓮から糸を紡いだのでしょうか。それがこれ。

妙蓮の花

「護念院には中将姫の織られた當麻曼荼羅の蓮糸になった妙蓮という蓮がある。3000枚ほどの花弁がある。明和6年(1770)近江の田中家より護念院に贈られたという覚書が近江妙蓮資料館にのこっている。」ということです。年代から云って根本曼荼羅に使われたものではありませんが、護念院に行けば、所縁の蓮と対面できますね。

當麻曼荼羅理解するためには、絵解きを聞くとよいでしょう。

かなり前になりますが、能「當麻」の上演と、當麻曼荼羅の絵解きが、国立能楽堂でありましたがその時、舞台に飾られたのは、當麻曼荼羅の内、芝増上寺にある「髪繍(はっしゅう)曼荼羅」で、当麻寺奥の院(浄土宗)の中川光教師があたられました。それが御縁で當麻寺へ参拝、現地で数分お話をしたことを今思い出しました。
その後、中之坊で平成になってから作られたという小ぶりでしたが輝くような「平成曼荼羅」と呼ばれていた曼荼羅で、當麻曼荼羅の絵解きを聞くことができました。

こうして数回にわたり當麻寺に行っておりますが最近、中之坊で行われている中将姫供養の会式があるとのこと。

中之坊音楽法要について、「奈良まほろば館」で松村實昭院主の講話を聞きました。

中将姫発願の6月16日に、「中将姫髪供養会」
また、毎月16日に、導き観音祈願会がおこなわれます。この様子の模擬実演。

中将姫剃髪堂の十一面観音(導き観音)P1020500 (472x640)

中将姫を導いた観音菩薩の前で音楽の奉納をします。

中の坊院主松村實昭師・奏師泉川獅道P1020501 (640x480)

右側が松村院主。左に中之坊奏楽士の「泉川(いずかわ)獅道」奏師。

虚無僧の使っていた尺八の音色を読経や声明にあわせています。中将姫供養の新しい試みと云う事でした。

この日に、絵解きが行われることがあるそうです。


東京で、行われる練供養は、「九品仏」と云われている、等々力の浄真寺で3年に一回8月16日行われますが次回は、2014年。「おめんかぶり」と呼ばれていますが、25菩薩来迎会のことです。

ながながと書きましたが、何とも言えない雰囲気を持つ當麻寺や相撲の所縁の當麻と云う土地柄思い返しながらこの辺で。

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