時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●大正の近代和風建築、旧安田楠雄邸の五月飾り

文京区千駄木にある旧安田楠雄邸は、大正建築の近代和風建築として多くの人の興味を引いています。
公益財団法人日本ナショナルトラストが国民財産として保有し、一般公開をし、次世代へ継承としているとのことです。

一般公開は、水曜日と土曜日で夏季と冬季は変更があるのかもしれません。03-3822-2699へ問い合わせてみるといいでしょう。
端午の節句の季節にめぐり合い五月飾りを見てきました。

場所ですが IMG (592x640)

この建物の概要は、入場の時に暮れるリーフレットにでています。そのまま転載します。

 旧安田楠雄邸は、大正時代から昭和初期の東京山手の庭園と
住宅の雰囲気を伝え、貴重な価値があるとして、平成10年
(1998)3月に東京都の名勝に指定されました。
 この建物は、「豊島園」の創始者である実業家・藤田好三郎氏が
大正8年(1919)に建築したもので、旧安田財閥の創始者・安田
善次郎氏の女婿・善四郎氏が大正12年に買い取り、お住まいに
なっていました。平成7年にご当主の楠雄氏が亡くなられたあ
と、幸子夫人が市民団体「文京歴史的建物の活用を考える会」の
助言を得て、平成8年8月22日に建物と庭園を公益財団法人
日本ナショナルトラストに寄贈されたものです。

これで、旧安田財閥の「安田善次郎の女婿善四郎」が手に入れ、その子、楠雄氏が使っていたということが分かります。

この種の検索をしますと、上の文章がそのままどこにでも使われ、女婿・善四郎、女婿・善四郎とどこにもいやになほど出てきますが決してそしてその娘の名前が出てきません。時代の流れの中で忘れられたしっまたのでしょうか。
歴史の中では、全く忘れれられて消えてしまていた名前がある時、地中から発見され木簡などから世に出ることがりますがこの場合はその逆で、消えてしまった名前のように思えてきました。

図書館の司書の手を借りて調べてみました。

安田善四郎と云う人は、ふたりいます。まずこのことが分かりました。

明治九年、安田善次郎は、矢島鶴子を養女に迎えまていましたが、この年、店員の堀川卯之吉(安政二年生まれ)を婿にして、安田善四郎を名乗らせます。両養子ですが、善次郎の右腕として、一番信頼できる人物として宗家の次として遇していたようでした。

明治30年、その善四郎は病気で没しました。42歳のことです。善四郎を名乗って21年という短い生涯でした。

安田善次郎に峰子(峯子)という娘がいました。善四郎の長男は、自分から見れば、二十歳になるやならずの身をもって戸籍上は、叔母に当たるこの峰子の婿となり、二代目善四郎を名乗ることになりました。これが、「安田善次郎の女婿の善四郎」といわれる人です。その二人の間に生まれた四人兄弟の長男が楠雄(楠男)です。

なにか、峰子を世に出したような気もしますが、また、この二代目の善四郎の前名がまた隠れてしまいました。このようにあからさまになることを望んではいなかったようにも思えてきました。

「安田善次郎」という明治の経済界を展望する世界から外れてしまい個人的な部分なのかもしれません。

安田善四郎は、経済人としての業績はネットその他で検索すればわかるでしょう。その業績は、初代のものか二代目のものか、気になりますが、一つの流れとして大きく見ていけば、その区分も気にならなくなるのかもしれません。

蛇足ですが…
安田善次郎の長女、輝子(夫人・房子ではなく、弁子として知られるふでとの子)の孫が、「オノ・ヨーコ」です。


本題に入りましょう。

この時季ですから軒菖蒲で飾られていました。近ごろ珍しい光景です。

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続いて、写真を。

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当日頂いた、端午の節句の解説

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安田財閥をまとめ上げた安田善次郎が晩年過ごし、また、凶刃に倒れた大磯の別宅を先年訪ねています。その様子は、2011・05・05 で紹介しています。クリックでも行かれます。安田善次郎追慕

関係略景図(「安田善次郎・果報は練って待て」由井常彦著から 注記入・家系図

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