時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●旧東海道、武蔵国と相模の国との境から相模の国へ

旧東海道の中で権太坂は難所として知られています。ここを越えると武蔵の国、相模の国、領国の国境、「境木」と呼ばれる所。

難所、権太坂を越えられずその地で生き倒れになまった人や、動けなくなった牛馬を埋めてた穴があり、昭和36年宅地造成時に白骨が出て、東福寺(後述)に埋葬。昭和39年4月に現在地に変えて「投込塚跡」碑が建立されました。最初には相応しくはありませんがまずそれから…

旧東海道・牛馬投込み塚P1040099 (640x480)

まず、現在地を確認します。

縮小・東海道絵図

国境の杭、これを「境木(さかいぎ)」と呼び、地名となっている。

武相国境の杭・境木P1040077 (478x640)

ここに「境木地蔵尊」があります。

一心山良翁院境木延命地蔵尊P1040085 (640x472)

境木地蔵格天井P1040083 (640x480)  良応院境木地蔵・P1040081 (640x466)  旧東海道・境木地蔵・保土ヶ谷見光寺の飛地P1040080 (640x468)  境木地蔵縁起P1040087 (640x470)  境木の由来P1040088 (480x640)
 

境木立場跡の解説。茶屋として若林家の名前が出ています。

境木立場の案内P1040091 (640x463)
 
現在、若林家の表札を挙げている家が三軒ありますがそのうちの一軒  ➔ 茶店の若林家P1040092 (640x479)

街道から少し外れて旧萩原代官屋敷があります。

萩原代官屋敷門P1040103 (640x459)

境木から「やきもち坂」を下ると「品濃一里塚」へ着きます。

旧東海道・品濃一里塚P1040106 (479x640)

解説  ➔  旧東海道・品濃塚案内P1040109 (478x640)   品濃一里塚解説P1040111 (640x472)

品濃阪から大山山系を見る

品濃坂上から大山P1040114 (640x463)

案内  ➔  旧東海道・品濃坂上P1040115 (480x640)   下り口  ➔  旧東海道・品濃坂上P1040117 (640x473)


ここを下りずに

東福寺方面へ向かいます。


東福寺(東福禅寺)

弘明寺道・東福禅寺P1040120 (640x479)

臨済宗鎌倉円覚寺の末寺です。笹竜胆の紋の両脇に、東村山の千体地蔵堂のみられる「弓欄間」がここでも見られます。

東福禅寺本堂・千本堂と同じ弓欄間P1040122 (640x473)

「牛馬投込塚」の碑のところに前に出てきたお骨がここ、無量光仏に ➔ 東福禅寺・無量光仏碑・投込塚P1040123 (640x479)

祭神、源頼朝の白旗神社  ➔  白簱神社P1040125 (479x640)  祭神神、源義経 ➔  源義経の白旗神社・社殿消失し二十四年再建落成P1040142 (640x479)

品濃坂の上り口にもどる道、旧東海道を少しそれた所に、光安寺があります。

東海道から逸れて光安寺P1040130 (640x479)

閻魔堂の閻魔さんは見ものです。

光安寺閻魔堂内部P1040132 (640x477)

二十三夜塔も。

光安寺・二十三夜塔P1040136 (463x640)

縁起は、 ➔  光安寺・23夜塔縁起P1040135 (640x480)


東戸塚駅を出発してぐるりと回って東戸塚駅へ戻るのは、ここからもう少し歩かねばなりません。



東戸塚駅を出発してぐるりと回って東戸塚駅へ戻るのは、ここからもう少し歩かねばなりません。


ここでは、突然、権太坂から始めましたが、そこへ行く前に、品濃山北天院、品濃村の領主新見彦左衛門正勝の新見家墓地などをめぐって武相国境の境木へというの実際のコースでしたが旧東海道を中心に構成したものです。





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