時の流れの落し物

日常生活の中で生れたもので、今は忘れられているもの、そんなものを見つけていきたい。

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●大窪の地名と、開運的中、競馬に宝くじ皆中(みなあたる)神社 新宿区百人町

JR・山手線「新大久保駅」をおりて同中央線の「大久保駅」へ少し歩くと、ちょっとばかり侘しい鳥居が見えてきます。

         皆中稲荷神社石柱P1050078 (474x640)

ここがパワーポイントとして江戸時代からよく人に知られた皆中稲荷神社です。

開運的中と開運財布P1050079 (640x480)

競馬や宝くじに「イノチ」を懸けている人たちに、頼りになるグッズがいただけます。黄色の財布のように見えるものは、ここに宝くじを入れて自宅にある神棚や仏壇に供えて…果報を待てばよいのだとか?

皆中稲荷神社社殿P1050074 (640x480)

これが社殿。右手に、沢山絵馬が奉納されていることが分かりますね。

絵馬を覗いてみます。

開運絵馬・的中P1050075 (640x480)


もともと百人町は、幕府鉄砲組百人隊がここに土地を与えられ住んでいたところ。
そして現在、例大祭には、いまでも「鉄砲組百人隊行列」が、往時をしのんで再現されているとのこと。

江戸幕府鉄砲隊百人隊行列P1050071 (640x479)

鉄砲組百人隊行列出陣式P1050070 (640x480)

江戸時代、鉄砲組は四組あり(百人町に住んだのは二十五騎組、別称大久保組)、通常は交代で江戸城三之門を警備。また将軍の寛永寺・増上寺・日光東照宮参詣の折護衛…。

御役目大事

ある隊士が稲荷の霊夢により百発百中の腕前に上達したことから、鉄砲組から厚い信仰を受けていたと云います。皆中の「中」は当るの意があり、御役目大事、大人気だったことでしょう。

現在は、ギャンブルや宝くじに御利益を振りまいている?のでしょう。

開運絵馬や開運財布のほかに、鉄砲隊士の人形が人気のグッズとか…なかなか手に入らないようですがそれは、これ。 百人隊扮装の人形P1050083 

狛犬
球を抱える狛犬P1050081 (479x640) この毬の中にどうやって入れたのか分かりませんが丸い球が這入っているようです。
狛犬の球の中に見える球P1050080 (479x640)

この大久保の地は、「ツツジ」知られていたようです。社務所が保存会の事務所になっています。皆中稲荷神社社殿社務所・大久保つつじ保存会P1050077 (640x478)

大久保と云う地名は、「大窪」のことで、大きな窪地であったことによると云います。いつしか名前でよく使われている「大久保」と云う表記に変わってきたと云われています。

皆中稲荷神社のある百人町もこの大窪と呼ばれる範囲の中にある訳ですから壮大なものだったと思われます。

そうよばれたところ。実際には、どこからどこまで、その範囲であったのかは、よく分かりませんが、その姿を垣間見られるところが、現在の大久保通り。通りの幅の範囲ですが、それがここで見られます。この通り地下に、地下鉄「大江戸線」が通っています。その場所が下の写真。右端切れていますが、「若松川田駅」と書かれているところ、この先に「抜け弁天」と呼ばれるところがありますが、この写真の一番奥、坂を登ったところがそこです。その先に「若松河田駅」があります。

地図・東新宿駅近辺・大窪の窪地と上り坂P1050115 (640x471)

この地図の左端、切れていますが、その辺りが新宿百人町になります。

坂の始まる、抜け弁天の辺りから、下を見たところ…。それがこの写真。

大窪を上った所後ろに下に下る坂P1050125 (640x480)

江戸の人気スポット、皆中稲荷神社と、その土地の地形観察。この二つの江戸の跡を訪ねたみました。


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